チャーティスト運動などについて勉強した

イタリアではオーストリアによる北イタリア支配が続き、イギリスではアイルランドでおきた武装蜂起が失敗に終わり、チャーティスト運動も衰えました。19世紀後半のイギリスはヴィクトリア女王のもとで空前の繁栄をほこり、「世界の工場」とよばれた工業生産力に加え、通商・運輸・金融の面でも世界の中心となりました。こうした経済的繁栄によって労働者の生活水準が向上し、保守党・自由党の政治家は労働者に選挙権をあたえることを容認するようになりました。1867年の第2回選挙法改正で都市の労働者に1884年の第3回選挙法改正で農業労働者に選挙権が認められました。こうしてイギリスでは政治の主導権をにぎっていた地主・貴族と有産市民層が労働者に諸権利を認めていき、国民としての統合がすすんでいきました。この間、1871年には労働組合法が制定されて労働組合が合法化され、また保守党のディズレーリと自由党のグラッドストンが交替で政権を担当し、2代政党による典型的な議会政治が実現されました。他方、この時代のイギリスは外交面で積極的な政策を展開し香港の領有、スエズ運河の支配権の獲得、インド帝国の創設などにより大英帝国とよばれる植民地帝国をきずきあげました。そして、白人植民地を相次いで自治領とし大英帝国の維持につとめましたが、アイルランド自治問題は解決できませんでした。

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